「瞼の奥に映るモノ」

【凪 静華(なぎ しずか)の章】

作:みゃあ


 

 私は瞼を閉じるのが怖い、
 瞼を閉じると、脳裏にはいつも辛い記憶ばかりが蘇ってくるから。


 死ぬ事に恐れはない。私は死ぬ為に20年間、生かされ続けていたのだから。だからその時が来ても、まるで他人事のように受け入れるのだろう。少なくとも、私は物心ついたときからそう思ってきた。故に、それが覆ることなど想像した事もない。出来るはずもなかったのだから。


 今でもあの時の事ははっきりと覚えている。
 村の為と称し、狂気に走る村長を初めとする大人たち――。
 既に諦め、抗う事を忘れた両親――。
 そして、
 抗う事を身をもって教えてくれた人たちの事を・・・。


【貢物】という名の人身御供――。
 その村のしきたりがいつから続いているのか。もはや正確に覚えている者はいない。100年とも200年ともいわれているが、実のところそんな事はどうでもいいのだろう。重要なのは、毎年何人かが『山神さま』に【貢物】として捧げられるという事実だ。少なければ1人で済むし、多いときには5人も要求された事もある。対象は生まれたての赤子から20歳までの男女と決められていた。選出は長老に一任されている。また、お告げという形でその年に出される人数も決められていた。
 既に幼馴染や仲のよい友達の大半がこの世を旅立っている。もはや涙は出ない。「ああ、ついに廻ってきたんだ」という認識程度だ。


 子を差し出した親には、一か月分の食料と塩が与えられる。


 人買いに売られるようなもんさ。


 去年のこの時期、【貢物】に選ばれた5つ年下の少年はそういって寂しそうに笑っていた。
 そうなのかな、と思う。村の暮らしは決して豊かではない。ほとんど自給自足のようなものだ。そういった状況の中で、一か月分の食料といえばかなりの見返りなのだろう。


 食い扶持が一人減るしね。


 今年、私とともに【貢物】として選ばれた一つ年下の娘はそういった。名前は・・・なんと言っただろうか。よく知っているはずなのに、肝心の部分に霞みがかかったように思い出せない。
 私の時間は【貢物】に選ばれたと知った10日前から止まっていた。もはやこの世に成す事など、何一つない。
 私の心は、既に生き絶えていた。


 それならばなぜ。


 頭の片隅でもう一人の私が問う。
 最後の最後で抗ったりしたのだろうか。


 すべてを諦めたそのとき、私を助け出したその青年は無感情な瞳を私に向け、呟いた。
『私は仕事で貴様を助けた。しかし、貴様を助ける事は容易いが、死にたがっているのなら話は別だ』
 その人の瞳に温もりはなく、その口調に優しさはない。
『生きる事が望みか?』
 何故あの時、私は頷いたのだろう。生き残ったところで行く当てもなく、生きる希望も、支えも、目的もないのに。
『ならば、そう願え』
 岩壁に一振りの日本刀を残し、私の身代わりに谷底に落ちていった青年はそういい残した。目の錯覚だろうか。その口元には微かな笑みが浮かんでいた。


 何故、私は生きたいと願ったのだろう。
『歪んだ秩序なら、あたしが叩き潰すわ』
 木刀を構えた女性はそう言い放ち、私に微笑んだ。
『ヒトで無き者とはいえ、貴方はちょっとやりすぎたようですねぇ』
 伴天連の洋装に身を包んだ青年は冷笑を浮かべた。
『神だかなんだか知らぬが、このワシに敵うかな!?』
 不敵な笑みを浮かべ、鷹揚に腕を組む青年がいた。
『けほっ・・・こっちも準備おっけーです・・・けほっ・・・』
 見たこともないカラクリを持った少女は、そのカラクリから噴出す白煙に巻かれながらも得意満面な笑みを浮かべた。


 なぜ、彼らは見ず知らずの私の為に血を流してくれるのだろう。
『貴女は死にたいの? 生きたいの?』
 力なく垂れ下がった右腕を庇うでもなく、朱に染まった口元を拭うでもなく、その人はそう尋ねてきた。その瞳は優しく、それでいて厳しく私を射抜く。
 一瞬、呼吸が止まった。様々な事が浮かび、消えていく。
 酷く掠れた声で、それでも精一杯の声で、私はたった一言答えていた。
 久しく忘れていたものが頬を伝っていくのを、一瞬の間を置いて感じる。
『それなら、そう願いなさい』
 ふっと笑みを浮かべ、“それ”に再び立ち向かっていく。
 この胸の熱さはなんだろう。
 かつて『山神さま』と呼ばれ、崇められていた“それ”が崩れていく様を遠ざかる意識の片隅で認識しながら、私はいつのまにか自分の為に、そして道を示してくれた彼らの為に生きたいと強く願っていた。




 私は瞳を閉じるのが怖い。
 再び瞼を開くと、実はすべてが幻で、自分はまだあそこにいるのではないかと不安が広がるから。だけど・・・、


「答えは出たか?」
 一振りの日本刀を腕に抱き、玉露で喉を潤す青年は問う。見つめる瞳は冷たく、涼しく、静かな湖面のようだ。その瞳の奥に何があるのか、自分にはまだ分からない。
 私はゆっくり首を横に振り、微笑んで見せた。
 そう、答えが完全に出たわけではない。それでも・・・。
 気のせいだろうか。ふっと青年の口元が和らいだような気がした。


-了-





 あとがき...

 拙い文書を読んでいただき、ありがとうございました。みゃあです。
 今回はNPCに焦点をあててみました。とはいえ、さりげなくPCも自己主張しています。
 リプレイでは結構馬鹿な事して騒いでるPCですが、設定を見るとさりげなく厳しい経歴を持っているので、せめてSSでは「それらしさ」が出せれば・・・なんて思いながら書いてます。リプレイを読んだことのある方は逆に戸惑うかも。ま、そこはそれ。本人も楽しみながら書かせてもらってますので・・・あまり深く考えたり、突っ込んだりしないでください(笑)。
 あ、今更ですが「このキャラのこんな話が読みたい」という希望があれば、善処しますのでよろしく。
 では、また次回作でお目にかかりましょう。

6月某日某所にて